2.キジ

キジは、野良猫である。
 実は、タマを飼っているときから、ウチに出入りしていた。タマにつきまとっていた雌猫なのである。キジネコなので、キジ。単純な命名は、相変わらずである。

キジに日なたを取られたタマ

 メスだと思っていたタマがオスだと分かりはじめたころ、まだ子供のタマにミャーミャーと言い寄っている猫がいた。タマはまだ発情してなかったし、エサを取られていたので、あまりいい顔していなかったようだが、どうもウチのあたりの主らしくて、逆らえない、という感じであった。

 タマが死んだあとも、キジが何度も庭に来てミャーミャーと鳴いた。家の網戸をガタガタとゆすった。タマを出せ、と言わんばかりに・・・
とても、新たにネコを飼う気持ちになれなかったので、キジを車に乗せて職場まで連れていき、駐車場で下ろしてネコ缶をあげた。キジがムシャムシャと食べている間に、心の中で謝りながら、車で家に帰ってきた。キジを捨ててきたのである。私の職場の駐車場には、ネコが結構いる。エサをあげる人も多い。タマが私と出会ったように、キジにもいい出会いが、きっとあるだろう・・・
 家に帰ってきて、さすがに後ろめたくて、「もし、帰ってきたら、そのときはウチで飼ってやろう」と妻と話した。職場とウチは1kmくらい離れているのだが、間に交通量の多い広い道がある、犬ならまだしも、ネコが車で連れていかれて戻ってこれるはずはない、と思っていたのである。
 しかし、一週間後、キジは戻ってきた。何もなかったように、ウチの庭に現れたのである。言葉が出なかった。もう飼うしかない、と決心した。その日から、キジはウチの一員となった。部屋にあがりたい時は、窓叩くし、外に出たいときは窓のところに行ってニャアと鳴く。つきあってみると、じつに賢いネコであった。野良であるのは間違いないのだが、ひとなつこくて礼儀正しい。部屋にあげても、悪さはしないのである。「あんなこと」をされたにも関わらず、私達に心を許して、部屋の中で無防備に熟睡したり、していた。なにか、見透かされたようで、どちらが飼い主なのか分からない関係であった。



 あるとき、キジの腹が膨らんでいるのに気がついた。妊娠していたのである。野良なので、当たり前ではあるのだが、おどろいた。家の周りで、キジ以外にネコを見ることがあまりなかったのである。
 だんだん、おなかが大きくなり、中で小猫が動いているのが分かるくらいになったある夜、キジが押し入れに入り込もうとした。そういういたずらをするネコでなかったので、びっくりしたが、どうも子供を生む場所を求めていたようである。少し破水気味だったのである。さすがに、部屋の中で生まれては困るので、慌てて段ボール箱を用意して、庭にお産場を作ってやり、キジをそこに誘導した。きつかったのか、そこでじっとしていた。手伝う事も出来ないので、その夜は、キジの安産を祈りながら寝た。
 翌朝・・・ 生まれていた。何匹いるか、ハッキリとは見えないが、ミューミューと声がする。キジも元気である。ちゃんと用意した箱で生んでくれたようで、ホッとした。


出産したキジのお腹には母の証、乳首が・・・


 しばらくは、ウチの子育てしていたので、生まれたばかりの小ネコというのをはじめて見ることができた。まだ、ネコという形が出来てはいないのであるが、鳴き声はまぎれもなく子ネコなのである。写真などでみる、いわゆる“子ネコ”になるのは、生後一週間くらい経ってからのようである。そのころになると、小さいながら姿で“ネコ”を主張するようになる。しぐさなども、大人と同じようになってくる。このあたりで、出会ったら、たいがいの人はイチコロでまいってしまうのだろう。とにかく、可愛かった。
 ある日、子ネコが全くいなくなった。ビックリして、周りを探し回った。歩けるようになっていたから、家の敷地から出て車にでもひかれていないかとか、どこかにはさまれていないか、とかくまなく探したが、いない。もしかして、誰かにいたずらされたかもしれない、とゴミ箱を片っ端から開けてみたりもしたが、いない。しかし、キジは、平然としているのである。私は、キジを怒鳴った「おまえの子供がどっか行っちゃったんだぞ。心配じゃないのか!」。しかし、キジは、フン、と言わんばかりの顔である。いくら探しても、見つからないし、キジは分かっていないみたいだし・・と、そのときは、あきらめて探すのをやめた。
 しばらくして、隣家の人が、キジの子供がいる、と教えてくれた。その方は、家でネコを3匹かっているのだが、野良ネコにもエサやってて、キジも常連だったようである。その家の外に捨ててあるタンスに子ネコがいるそうである。どうやら、キジのやつが、ウチからそこへ子ネコ達を運んだらしい。さすがに、庭で開けっ広げのところで子ネコを育てるのは、野性の本能が危険と感じたのであろう。ちょっと人目につきにくいところを選んだようである。だから、私が、どんなに怒鳴っても、どこ吹く風、だったのである(^_^;)。いずれにしても、ウチのそばで子育てしているようで、安心した。
 それからしばらくして、少し成長した子ネコ達が、ウチにも来てエサを食べるようになった。しかし、やはり、すべてが育つわけではなく、交通事故にあったり、さらわれたりして、減っていったようである。ある程度大きくなった段階で、ウチへ来るようになったのは、わずか一匹であった。それが、ミケ、である。御察しの通り、三毛猫である。



 このミケ、長毛種なのであった。キジは決して長毛種ではない。純然たる短毛キジネコである。まあ、雑種だから、いろいろなネコが生まれるのだろう。ミケは、キジに似たのか、ウチに対して警戒心の全くないネコであった。ウチで生まれたのは覚えていないとおもうのだが、「ここは私のウチ」という感じで居座るのである。私や妻に対しても、まったく警戒せず、されるがまま、であった。
 夏のある日、ウチの縁側で熟睡しながら寝返りをうっていた。それを見ていて、庭に落ちるのでは、と思った瞬間、ゴテッと庭に落ちた(^_^;)。何があったの、という顔で、また縁側に上がってきたのだが・・・・ まったく、のんきなネコである。


この無防備な寝顔ったら

ネコのくせに枕使うヤツでした

このポーズは親ゆずりか


 ミケがある程度大きくなり、キジが野良猫であることを思い知らされた。それまで、毛繕いしてやったり、文字通り「ネコっ可愛がり」だったのであるが、ミケが近づくと「シャーッ!」と怒るようになったのである。さすがに、家から追い出しはしなかったが、近づくことは許さなくなった。独立しろ、ということなのであろう。それからしばらくして、ミケは、ウチの周りからいなくなった。妻は、カワイイから誰かが連れてったのではないか、と言う。私も、そうかもしれない、とも考えた、やはり、ミケの野性が独り立ちを選んだのだろうと思う。野良猫にはナワバリがあるのである、親子と言えどもキジは現役である。大人になれば血がつながっていても、敵なのであろう。

 キジは、ウチあたりのボスだったらしい・・・というのは、ある事件から推測出来た。 あるとき、ウチに来たキジは、顔半分が膿でどろどろであった、顔を引っかかれてケガしているのである。ほっといて簡単に直るケガには見えなかったので、タマの時にお世話になった獣医さんのところへ連れていったところ、獣医さんキズを見るなり一言「こりゃ犬だな・・」。犬って、キジはネコですよ、ネコが犬と、顔引っかかれるようなケンカするのですか、と言うと「ネコでも気が強いのは犬にも立ち向かっていく」とのこと「多分、このネコは、一帯を仕切っているボスで、ナワバリ荒らす野良犬に戦い挑んだのでしょう」。なんとまあ、頼もしいネコだこと。そういえば、ウチの庭には、夜中に犬がフンをしていくことがあった。ひょっとして、そいつが相手か・・・  治療は、人間と似たようなもので、キズの周りの毛を刈り、膿をふき取り消毒、つまり、しみる、のである。キジは「ギャー」と断末魔の叫びをあげるのだが、そこは慣れてる獣医さん「自分のまいたタネだけん。我慢するタイ」とキジを押さえつけて治療終了。膿はそう簡単にはおさまらないので、通院することとなった。
 キジは、毎日、同じくらいの時間に家に来る。が、あんな目にあったのである、みすみす獣医に連れていかれるのが分かってて、来るだろうか、と心配したのであるが、次の日、キジは来た。ケージに入れて(割とおとなしく入った)獣医に連れていき治療。また、断末魔、である。一週間くらい続いたであろうか、なんと、毎日キジは家に来て、治療に行ったのである。この時ばかりは、キジの賢さに舌を巻いた。痛いのは本能的にイヤなはずである。しかし、それが治療だということを、おそらくキジは理解していたのである。ケージにおとなしく入り、獣医の待合室でまっている時も、暴れたりせずにじっとまっていた。キモが座っているというか・・・・やはり、ボス格だったのであろう。
 その後、キジは3回お産をした。ミケのあとに、チョビ、フクちゃん、そのまたあとに、ミルキー、キャンディー、シーザーと生んで育てたあと、3回目のお産がうまくいかず、ウチの周りから姿を消した。隣の人が、つらそうに歩くキジを見たのが最後のようである。

 私は、ネコは賢いと感心することが多いが、今まで付き合ったネコで、キジは一番賢かったのではないか、と思っている。生まれてきたネコの毛並みみていれば、キジが純然たる“雑種”であるのは明らかである。野良猫で、ウチに来たころは、毛もボサボサだったから、いいものも食べてなかったのであろう。しかし、どんな血統のよいネコより、賢かったと思う。なんか、いなくなったあとも、キジがネコだったような気がしないのである・・・・・